母乳が出ませんでした。
結論をいうと、ミルクで全然問題ありませんでした。
ミルクばんざい。
母乳出ないなー。と思ったら無理して出すのはやめましょう。
すぐやめちゃっていいと思います!
私は乳母(うば)が欲しかったです。
※病院や育児本、サイトなどの完全母乳ごり推しがいやなだけですので、
母乳育児を否定しているのではありません。
母乳が出る方はどんどんあげてください!
母乳が出ない。ミルクで問題なかった話。
母乳は、産後は出るもんだ、と思ってました。
違いました。
私は、母乳で育ったらしいです。
私も私の姉妹も、完全母乳で育ったそうです。
明治の粉ミルクは、1951年からあるそうです。思ったより歴史、古い。
昔は今よりももっと、母乳信仰は強かったようです。
「お母さんが亡くなったとか、よっぽど重い病気でもない限り、母乳が当たり前」という感じ。
このブログでも時々紹介している、ライトな毒親傾向のある私の母から、
「母乳出せないなんて母親失格」ぐらいに洗脳されて育ちました。
お母さんの不思議
わたしの母も、姉も、母乳がじゃんじゃん出るタイプでした。
母乳が出る人の話しか聞いたことがありませんでした。
姉が育児中、赤ちゃんを先にお風呂から上げて、
自分は入浴している時に赤子が部屋で ぎゃーん!と泣いたのですが
そのとたんに姉から母乳がぼとぼとぼと!
大変!とタオルでもう湯やら乳やら拭きながら慌てて風呂を出なきゃいけないんですが、
お母さんってすごいんだな〜。と思いました。
母もワーキングマザーだったので
「仕事中でも、子供のことを考えるだけでお乳が張って大変だった」と言っていました。
身近に、母乳が出ないという人がいなかった
そんな感じだったので、「子供うんだら母乳は出るもの」
「出ないのは、身体が弱い人」と思い込んでいました。
夏によく見る、戦争映画で「芋しか食べられなくてお乳が出ないよ、ごめんね赤ちゃん」
「ほら、母ちゃん米を食べなよ」
みたいなのを観ていた影響も、かなり、あると思います。
実際、戦時中の栄養状態では、母乳なんて出なかったんでしょうな。
今思うといろいろ無知でした。無知って怖い。
でも、言うたら育児全般そうですよね。
誰だって、はじめての育児は、わからないことばかり。
母乳が出ない
妊婦生活も後期に入り、たくさん出たら搾乳しておくといい、と聞いていたので
搾乳バッグ買っておこう、と考えていたら
私の高血圧のせいで、30週の帝王切開になりました。
危険なお産でMFICUでいろんな管(点滴、尿管、測定機材)につながれ、
身動き出来ない寝たきり状態なのに、
2日後ぐらいの夜に「母乳を採ります」と言われました。
助産師さんがしぼり取っていきました
私にも授乳の準備なんか出来ていないのですが、
赤子もまだミルクなんて飲めない状態。
消化の機能を作っていくためには、最初の1滴にはどうしてもお母さんの母乳が必要だというのです。
母乳は血液から作られます。
本当ならまだ胎内にいたはずの赤子に、どうしてもお母さんの血でできた乳が要るとのこと。
出すしかありません。
とはいえ、私に出来ることはもはや何もない。
大変なのは私よりも助産師さんでした。
寝たきりの私のちちを温め、周りから押したりさすったり、必死の形相。
い・・・いだだ、いたいです・・・!!
赤子の命がかかってるので、容赦なんてできません。
「痛いですよね〜(棒読み)」と、ほぼ無視でマッサージを続ける助産師さん。
「採れましたよ〜!」と言われた時には私よりも助産師さんの顔に達成感があふれていました。
助産師さんのほうが汗だく。 (0゜・∀・) ++
やったよ!とれたよ!!!って感じの笑みでした。
後で聞いたら、その方は院内でも特に母乳マッサージのスペシャリストの助産師さんとのことでした。
あ、ありがとうございました。
採れたといっても、ほんとにほんとに小さいスプーン1杯分もなかったのでは?というわずかな量だったのですが、
赤ちゃんには、1mlから始めて、毎日増やしていくとのこと。
それからは病室のベッドで搾乳の毎日です。
食べられないから出ない
しかし、どんなに温めても、お米を食べても、水分とっても、出ない。
やっと50mlとかそんな量です。
私は妊娠後期に血圧が上がりすぎて搬送されたので、
塩分制限があり、スープも味噌汁もだめ。
味のない食べ物で、カロリーは1日1200kcal程度でした。
助産師さんに「カロリー、少ないですもんね… なるべくたくさん、あたたかいお白湯とか、水分を摂って。」
そんなこといわれても、お湯で乳、作れてる気がしません…
絞り出す乳は、まさに血の一滴。
吸われないから出ない
赤ちゃんをNICUに預けているお母さんは、赤ちゃんにおっぱいを吸わせてあげられません。
それでも、母乳は出していないと作れなくなってしまうので、毎日何度か搾乳していました。
病室で、4時間置きに搾乳。赤ちゃんが泣いたタイミングではないので、時間になったら1人で乳を出して、瓶に搾乳。また4時間経ったら瓶に向かって搾乳…
お子に届け。ということだけがモチベーションで、すごく孤独な作業でした。
赤ちゃんを思うだけで、母乳が溢れ出る、というのは嘘でした。
いや嘘じゃないんだろうけど、私からは出なかった。こんなに想ってるのに。
なんだか悲しいし、みじめです。
とほほ…と思いながら、母乳はビュービューなんかじゃなく、瓶の底の方にやっとポタポタたまるだけ。
助産師さんは「普通は産後すぐに赤ちゃんが吸うので、吸われることも刺激になるんですけど
ここ(NICU)のお母さんたちはなかなか出ないんですよね。
でも毎日搾乳して、練習しましょう」
と励ましてくれて、体を冷やさないように、靴下はきましょう、とアドバイスしてくれました。
前出の母乳スペシャリストな助産師さん(何かそういう資格があるのかはわかりません)は、それからもマッサージをしてくれました。
ほんと、助産師さんは神…!
あの搾乳の日々は、今思い出してもつらくてせつなくて涙が出るのですが、
同時にあの時の助産師さんたちのことを思うとありがたくて、感謝の気持ちで、目頭が熱くなります。
私は産後1ヶ月入院していたので、その間には検査のための薬を飲む日もあり、
許可された血圧の薬以外の薬品を飲んだ日は、母乳は廃棄でした。
退院後に母乳をあげるため。母乳を切らさないように、捨てるとしても乳を出す。
もはや修行。この時の廃棄は1番辛かったです。
結局、退院後も母乳の量が増えた日はなく、
今思うとこの時点で完全ミルクに移行していたらよかったよ。
と思うのですが、病院の人たちがちち出してください、というので出すしかありませんでした。
そんな中で、あっ、私もう母乳やめますわ。とは言えない空気。
最も母乳が出た日
私だけ先に退院ができてから父の法事があり、
日帰りで実家に行き、法事のご馳走ですき焼きを食べたところ、
初めて、そしてその日が最初で最後だったのですが母乳がけっこう出ました。
でもその日は外の会場だったため、コップに搾乳して、廃棄。
すき焼きを食べれば母乳が出る。ということはわかりましたが、その後そこまで出た日はもうありませんでした…
じゃあ毎日すき焼き食っときゃいいじゃん、って話なんですが、塩分制限があるからそうもいかず。
腱鞘炎になりました
MFICUに10日間、その後内科に移って入院が続いたので、助産師さんの励ましやマッサージはなくなりましたが
1人の病室で、カーテンを閉めて、やっぱり4時間置きの搾乳を続けていました。
搾乳で、利き手の親指が腱鞘炎になってしまいました。
痛くて搾乳がつらいので、手の角度を変えたり、やり方を変えてみたりもしました。
この時でも搾乳とっととやめて、完全ミルク移行していればよかったのに、と今すごく思うのですが、
やっぱり「母乳ぐらい出さんでどうする、母なのに」みたいな自責の念にさいなまれて、
出もしない搾乳をやめることができませんでした。
それに病院で推奨されているので、自分からもうやめますという考えには至らない。
今思えば完全に思考停止です。
もし今、母乳が1回に30mlとか20mlとかしか出なくても続けている方がいたら、
即やめて大丈夫ですよ、お疲れ様、とそっと抱きしめてあげたいです。
よく頑張りました(;ω;)
母としての敗北感
授乳室で見知らぬお母さんたちと搾乳
部屋でぼっち搾乳した瓶を持って、毎日NICUにお見舞い(面会)に行くのですが、
面会の前後に搾乳の時間がもうけらていました。
助産師さんが指導してくれて、おかあさんたちはそこでも瓶に母乳を出していきます。
私とおなじく、痛い痛いと涙目になりながら、ほんのちょっとだけ出してぐったり…というお母さんがいると、
出ませんよね〜。
痛いですよね〜。
となぐさめあっていましたが。
中にはビュービュー出せる方もいて、瓶をすぐいっぱいにして退室していく。
その時の、母乳出ない私のなんとも言えない気持ち。
敗北感が、すごい。
「食べ物足りないから」とか「赤ちゃんに吸われないから」という条件も「もはや関係ないやん」
て感じでした。
運ばれていく牛乳瓶
ビュービュー母乳を出したお母さんが助産師さんに渡した牛乳瓶を見つめては
あんなに出るんだ・・・。
と、なんかもう、驚きが隠せません。
うらやましい気持ちもありました。
なんかこの敗北感みたいな気持ちはなんなのか。
生物として自分が劣っているみたいな感じでしょうか。
もう、しょうがないので母乳ビュービューお母さんに対して
牛かよ・・・。
と心の中で毒づくぐらいしかできません。
ごめんなさい、うらやましいんだよ。泣きたい。てか、今、泣いてたわ。
まあどうせ、敗北感とはいっても、私の場合は妊娠中にシングルマザー決定、搬送されて早産と
すでに理想的な母親像からは転落しまくっていたので、もうだんだん開き直ってきました。
母乳、やめました。
そもそも出ることが前提すぎる
繰り返しますが、「母乳あげて当たり前」すぎるのです。
育児書も、パンフレットも、病院の指導も。
ネットは少しぐらい進んだのかなーと思いながら、「母乳 出ない」で検索してみたのですが、
2019年の6月末現在で、いまだに上位に出てくるのは「出なかったけどこうしたら出ました」
「出るにはこれを食べろ」「出すにはどうしたらいいのか」という記事ばかり。
「出なければとっととやめて全然問題ないですよ」という記事があってもいいじゃない!
と思うので、この記事が上位にあがれーあがれーと思いながら、書いてます。
乳出すの寒い。
うちの子の入院は107日間でした。
搾乳だけじゃ母乳量増えないよね。と、長い入院期間のせいにして
(本当は搾乳でも出る人は出てました)
赤子の退院後、吸われようが泣かれようが、結局母乳は増えず、
退院して2か月後ぐらいには早くも授乳を終了しました。
早くも、とはいっても入院中の搾乳も入れると5か月は出ない母乳をしぼっていたので、
がんばったと自分では思います。
冬で、乳出すの寒かったのもあります。ちょうど実家(東北)にも帰っていたので。
乳出すの寒いって・・ どんだけヘタレなんだよって自虐ぎみに思いながらも、
もういいです。出ないもんは出ない。
その頃には、肉食おうが餅食おうが、もう全然だめでした。
やめました。もっと早くやめてもよかった。
もう、空腹の赤子に吸わせようとすると、出の悪い乳では、足りなかったのでしょう。
あんぎゃ~~~!!! とギャン怒りもされていましたので。
あっさりミルクへ移行。
おつかれ、わたし。
お腹はミルクで満たした後に、眠る前などに抱っこしてちょっと吸わせたりすると寝付くので、
完全にコミュニケーションツールで、食とか栄養の意味はまったく持たない授乳をして
終了していきました。
1度でいいから母乳で腹いっぱいにしてみたかったな~~~
という思いはありましたが、まあゼロだったわけでもなし、仕事にも戻ることだし、もういいや。
母、敗北。
ミルクを楽しむ
ミルク育児にしたので、かわいい哺乳瓶を選んだり、
便利な煮沸消毒器を使ったりと、
調理器具のように道具選びを楽しんでいました。
デザインのすてきな哺乳瓶もあるのですが、
結局は国産メーカーの、ちょっと曲がったスタイルのが一番使いやすかったです。
そして、ガラス瓶よりもプラスチック。軽いの最高。チュチュベビー最高。
持ち歩くケースもかわいいのを揃えて楽しんでいました。
粉ミルクも、少し割高になりますが
キューブタイプをバッグに入れて、お気に入りの水筒にお湯も入れて、いつでも持ち歩いていました。
荷物多くて大変だったけど、けっこう楽しかったです。
デパートの授乳室で乳を出さずにお気に入りの道具を出して、
自分のペースで手際よく作るのは、なかなか面白かったです。
今でもまたやりたいぐらい。
私が感じたミルクのメリット
誰でもあげられる
代表的なミルクのメリットは、パパでもおばあちゃんでも、
ミルクをあげられる、というところ。
わが家も、退院後はしばらく実家の世話になったので、
よく母がミルクをあげてくれました。
飲んだ量がよくわかる
これもよく言われるメリットですが、作るのはきっちり、計った量なので、
たくさん飲んだな〜とか
ちょっと少なかったな、とかがよくわかります。
災害時
災害時は母乳の方がよいという説が一時期流れましたが、
本当にそうかな?と思います。
災害時、物資が足りなくなるとお母さんも栄養が摂れなくなり、
母乳が出なくなったら、母乳以外飲めない子だとかえって大変なのでは・・・。
哺乳瓶に慣れている子なら、お茶、お水も飲めますし
物資さえ届けばミルクが作れます。
本当に飲料水が全然ない、とかだとアウトですが
飲料水がなければ母乳もいずれ枯れるでしょうしどっちもどっちかなと。
断乳いらず
断乳、大変だと聞きます。
「ママはテンパリスト」の ごっちゃんみたいに
おっぱいにゴルゴ描いたりしなくて済んでよかったんだ・・・と思うことにしました。
ママはテンパリスト コミック 全4巻完結セット (愛蔵版コミックス)
早産からの入院だったので、私は陣痛・分娩・夜泣き対応の経験のない経産婦ですが、
これに「断乳の経験なし」も加わりました。
苦労して子育てしろ、って考え方は好きじゃないので、経験しなくてけっこうです。
よく「お腹を痛めて産んだ子だから」とかいいますが、お腹を痛めなくたって子供はかわいいです。
ミルクで全然問題なかった
ミルクのほうが肥満になる説は嘘
ミルクは太る、という説があったようです。嘘でしょ?と思いました。
たぶんこれはけっこう昔の説みたいです。昭和?
うちの子は低体重の影響が大きいとは思いますが、痩せています。
ミルクはそれなりによく飲みました。筋肉はけっこうついています。
むしろお母さんの食べたものがダイレクトに伝わってしまうので、
脂っこいもの食べるとお乳が詰まって赤ちゃんに吹き出物が出た、
というのはよく聞きました。
ミルクはいつも安定の栄養素なので、お肌はサラサラつやつやです。
ミルクのほうが体が弱い子になる説も嘘
母乳は免疫がつく、は本当だと思います。
でもそれは、たぶん、「初乳」のことです。
産後2~3日の間に分泌される最初の母乳、なんかすごい色の濃いやつですね。黄色っぽいの。
この「初乳」に免疫物質が多いというので、私が寝たきりでしぼり取られた、あれです。
うちの子の場合、母乳と呼べるような母乳栄養は、
あの初乳と、その後数日しか摂っていません。
入院中、私の母乳の量では足りず、すぐにミルクと混合になっていたので。
そんなお子ですが、保育園でも病欠した日数が他の子に比べて少ない子でした。
小学校は、今のところ無欠席です。皆勤賞。
私がインフルエンザにかかって寝込んでいた時に、なぜか子にはうつりませんでした。
あまりにも熱とか出さないので「<お子>ちゃん丈夫だよね〜」といつも言われます。
食べ物、動物、アレルギーはまったくなしです。
喘息、アトピーもありません。
なんかむしろ老いた私の母乳あげなかったおかげじゃないか?とすら思いました。
昨今、「母乳に、アレルギー予防の効果はない」という研究結果も発表されたりしているみたいです。
専門家の人、↑もっとこういうこと言って!!と思います。
→「母乳にアレルギー予防効果はなし」 新「授乳・離乳の支援ガイド」で“母乳神話”はなくなるのか
子供にアレルギーが出るのを母乳のせい、とか言ってしまったら
今度は母乳をあげたお母さんたちが傷ついてしまう。
母乳をあげている方にも決して傷ついては欲しくありません。
分断をあおるつもりもありません。
でも。昔と違って卵でも牛乳でも、お母さんの食べるものがもはや自然のものではなくなっているので
お母さんの食生活によっては母乳が危なくなることだって考えられます。
実際、完全母乳で育って、いろんなアレルギー(小麦粉、米、卵、蕎麦、ナッツがだめ+アトピー+動物アレルギー)
というお子さんが同じクラスにいました。
それ何食べたらいいの・・・。
ミルクだって優秀だ
うちの子が飲んでいたのは、「明治ほほえみ」の一択です。
景品やサンプルでいただいたもの以外は、絶対に「明治ほほえみ」でした。
粉もいいけど、キューブが便利ですごくよかったです。
それでこれだけ元気な子に育ってくれたので、
明治さんすばらしい。感謝しかない。
授乳なんて、どうせたった1年かそこらのものなので
子供が就学した今となっては ああ〜そんなこともあったよね。と
同じクラスのどこの誰が母乳で、誰がミルクで育ったかなんてまったくわからないし、
どっちだって、どうだっていいことなんですが、
授乳中は、今この時の苦しみで、
小学校なんて、そんな遠くのことわかりませんでした。
特に授乳期なんて、特殊な精神状態にあると思うので(実際そうでした)
こんなブログとか、経産婦さんが「ミルクで大丈夫だよ」なんて
いくら言ったって納得できないもの。
病院、助産師さん、専門の研究した人が「母乳とっととやめたらいいですよ」
ぐらいのことを言ってくれないと苦しいです。
これから変わってくれるといいなと思います。
お母さんは授乳期からメンタルを鍛えましょう。子連れヘイトあり。
母乳信仰なんて氷山の一角
母乳の出る人は羨ましかったんです。母乳分けて欲しかった。
昔、乳母という人がいたの、ものすごくわかります。合理的だもの。
母乳信仰があんまり強すぎて、搾乳が辛すぎたので
母乳出るの前提にしすぎなんだよ!
という、言いたかったことは、それだけです。
そして、出る人(素人)からのアドバイスは、実はそんなに要らないです。
こちらは保健師さん、助産師さん、自分の親からすでに散々言われてますんで。
食事も薬も気をつけて、体あっためて、よく寝て、マッサージだってしたんだよ。
でも、出ないもんは出ない。
母乳派とミルク派は対立しているわけじゃないと思うんですが、
お互い一歩も引かない、みたいな構図はあると思います。
しょせん育児は、原始的なもの。
母乳が出た人には、逆立ちしたって出やしない私の気持ちなんか一生わからないし、
指導する助産師さんたちだって、全員が母乳出せた経験者ではなかったと思います。
指導すれば出るって学校で習ったんだと思うのですが。違うんだ・・・。
出ない人にとっては、母として生物としての敗北感、自責の念がつきまとうからこそ、
母乳信仰はつらいものでした。
気にしなくていいのにって言われたって、気になります。
結局解決策は、割とシンプルで、自分の気持ちの持ち方だけ。
母乳に限ったことじゃないのですが、
「私は私、乳出ないからやめます」と、
誰にも相談もしなくていいし、しれっとミルクだけあげていればよかったと今は思います。
気にしない。人と比べない。
私はこうする。と決めて生きていく。
育児に限ったことじゃないのですが、結局これが大事なんだと思います。
「母乳を推奨しないで欲しい」
「電車で赤子が泣いた時に、舌打ちしないで欲しい」
「保育園に預けてかわいそう、と言わないで欲しい」
ああしないで欲しい、こうしないで欲しい、
ああして欲しい、こうして欲しい、と
他人に何かを求めるから苦しいんだと思います。
誰かにああしてほしい、こうして欲しい、って思っても、まあ〜、そんな願いはかないません。
もう、かなわなすぎてびっくりする。
言葉に出すのをやめてもらえたとしても、
「母乳じゃなきゃだめ」「電車乗んな」「母親が働くとかかわいそう」と、思っている人は一定数いて、
そういう人たちがいなくなる日は来ない。
むしろこの10年ぐらいで悪くなっているような気さえします。
敵(?)は、おじさんに限らず、同じお母さん仲間にもけっこうたくさんいるし、
なんならこれからの世代の若い男の子、女の子の中にもいないわけではないので、
自分と同じ思いを他人に望むだけ無駄です。
子連れヘイトというそうです。
すごい国で子育てしてるんだなー!ということは産んでから知りました。
ここまでひどいと知ってたら子供を産まなかったのか?といったら、うっすら知ってても産んだので、関係ありません。
だって子供かわいいもん。
どっちみち鍛えられていきます
私自身、ベビーカーを押してたら、おっさんに邪魔だ!って蹴られかけたこともありますし、
電車やバスでおっさんやお兄さんに睨まれたり舌打ちされたり、
道歩いてただけなのに、危ないのよ〜!っておばさんに怒鳴られたり、
「婚外子は愛人の子」ってとある場所でとある書面に書かれたり、
「パートナーの方は、独身ですか?」と役所や病院の窓口で言われたり(意味わかるまで数分かかりました)、
それはもう、傷つくことばっかり。
舌打ちするとかどんだけ心せまいんですか。
もうほんと、いじわるな人多すぎてびっくりする。
なんでそんなに意地悪なんでしょうか。生い立ちに何かあったんでしょうか?
これ、いちいち傷ついてたら子供と生きていけないなーと
いつしかだんだん、もういいよと思うようになりました。
多くのお母さんがそうなんじゃないかと思います。
小学生ぐらいになると、傷ついた、とか こういうこと言わないで欲しい、
という意見をほとんど聞かなくなります。
たぶんみんな、諦めたり、それより強い心で生きると決めたんだと思います。
そのせいで多くの人が「子供が小学生ぐらいになると子育てが楽になる」と勘違いしていますが、違います。
お母さんたちは、あきらめて腹くくっただけです。
なんでもいいよ、子供が元気で笑っていれば。
母乳ねえ、出なかったねえ。でもこんなに子供、元気だし。
今はそんな感じです。
「母乳 出ない」で検索した記事の割と上位に出てきた、
北斗晶さんのブログ記事に、同じことが書いてありました。
子供が元気ならそれでいい、ママが笑顔でいられたらそれでいい。
まったくその通りだと思います。
母乳が出なくて悩むより、笑って過ごせるならミルクや道具に頼りましょう。
まとめ
お母さんを追い詰める母乳信仰はそろそろ爆発したらいい。
出る人はあげたらいいし、出したいと思う人はがんばってみてもいい。
でも出なければあきらめて、堂々とミルクにするのがいい。
「どれでもいいし、どれでも選べる」がいいと思います。なんでもそうですが。
「母乳出るけど、やめる」という人がいてももちろんいい。
母乳は栄養というより精神安定剤説を推したい
成長に関係ないコミュニケーションツールとしてのおっぱい授乳でもいいと思います。
栄養は、ミルクでよかったよ!むしろミルク推奨しろ。
お母さんもメンタルを鍛えよう
母乳が出るとか出ないとか、本質はそこじゃないです。
子供が元気ならそれでいいと思います。
そして、母乳どこじゃなく、子供連れてたら、
傷つくことがいっぱいあるので
ガラスのメンタルを捨てて生きていきましょう。
どうせ日本は子連れヘイトの国です ( ˊ࿁ˋ
母乳出ないのがほんとに辛かったので、ちょっとやさぐれてしまいました。失礼しました。